――本日は小池邦彦先生に、Q.E.D.CLUBが1991年に会員制クラブに改築された当時のお話を伺います。それ以前はハンガリー大使公邸だった当館が、国内屈指のエレガントな結婚式場に生まれ変わったプロセスは、建築芸術に残る軌跡にほかなりません。Q.E.D.CLUB誕生のコンセプトをお聞かせください。
会員制クラブをはじめるにあたり、「日本を代表する館」にしたいと思いました。時代背景に、高度成長期で富裕層が非常に増えた時期でもありました。そのような方々が誠意をもってゲストをお迎えし、ご接待できるクラブを作りたいと思いました。企画設計だけで約2年間かかりましたが、当時参考にしたのが1900年のパリ万博です。手作りの工芸品を近代化しようとした装飾美術様式「アールデコ」に、時代が変化していった時期と重なります。
――ラウンジのシャンデリアと玄関の左右にある照明が、パリ万博で注目されたルネ・ラリックの作品ですね。
はい。実はこの館のスタートが、ラリックのランプだったのです。
パリ万博を参考に設計を考え、ラリックの作品を探し、オークションで入手することができました。
――パリ万博で、日本館が大人気だったそうですね。設計のコンセプトは「日本を代表する館」ですが、日本らしさを表現するために、ヒントとなるものはあったのですか?
日本のイメージがヨーロッパにどう伝わっているかを考えました。世界で最も有名な百科事典と言われている『ブリタニカ』の日本のページに、「漆の国」と書いてあると教えていただきました。さまざまな漆を研究して、質実ともに輪島塗に決めました。日本を代表する輪島塗の朱を全面に出したいと思ったのです。
――その輪島塗が使われているのが、現在は新郎新婦のご親族の控え室となっている「漆の間」です。部屋全体が漆に覆われている非常に贅沢な空間ですが、実現には相当ご苦労があったのではないでしょうか?
だいたい150年は色あせることなく、漆は漆のままです。コーティングというと雑な言い方ですが、事実上、全部コーティングするので、カンナでサイズを調整することができません。思案した末に、普通は壁にパーツを張るのですが逆にして、漆のパーツを立てながら、後ろの壁を作る、そしてまたパーツを立てることに。気が遠くなるような仕事でした。現場で組み立てる人たちを含め、全員がいい意味で緊張した現場でした。
――この「漆の間」で一際目立つのが、このアンティークのランプですね。
ティファニーのランプです。ここに置くことによって、部屋の温かみがすごく出ます。この部屋はもともとバーでしたが、朱の色が映えるスタンドを置きました。シェルグラスといって、貝殻風に色を入れながら、ステンドグラスと同じ手法で作り込んだものです。一個一個、丁寧に作られていて、本当に芸術作品です。
――「漆の間」から螺旋階段に移動します。ガラスの上に木製の手すりがついていますが、非常に急な曲線となっています。
デザイン、建築をやる人間にとって、ここが一番苦労して、一番やりたかったものです。手すりが横に、下にと三次元、つまり3Dで回転しているのですが、すべて職人の手作りなのです。そこにガラスを組み合わせるわけですから、難易度が高いです。3度目の挑戦で、やっと成功しました。
――それだけに、満足度が高まりますね。螺旋階段は今、ウェディングドレスを美しく魅せる、人気フォトスポットになっています。そして階段の下にあるのが、モザイクが敷き詰められた空間です。ここは何を表現されたのですか?
階段のガラスに波が描かれていて、下に水がある世界観をイメージしました。床はベネチアンガラスのモザイクで、流れてきた水が池になるようにしました。ここだけでなく、Q.E.D.CLUBのあちらこちらにモザイクをあしらっています。モザイクは8世紀ごろから宗教建築などに使われてきましたが、これもパリ万博で人気をぶり返したといういきさつがあります。モザイクという工芸が、アートとして昇華したわけです。
――とてもエレガントですが、そもそも床に水を描かれた理由をお聞かせください。
もともとQ.E.D.CLUBの敷地内に井戸がありました。風水上では、水は東南の角に落とすといいとされているので、井戸から庭へと水が流れるストーリーにしました。水をベネチアンガラスで表現して、ラリックのテーブルを置き、噴水のようなイメージにしてみました。私たちは基本的に理系人間なので迷信に振り回されることはないのですが、ここに関しては理にかなった哲学があると思いました。
――ご新郎新婦さまにとりまして、まさに縁起のいい場所ですね。
そうなんです、かなり縁起はいいです。抜群の日当たり、東南傾斜に向けた水はけも最高です。メソポタミアなど文明の発祥地はどこも、土地が東南傾斜になっているそうです。ここにお立ちになると、どなたもいい気分になられるはずです。なので、ブライダルには必ずいいです。幸せになるはず!
――水が滴っているようなベネチアンガラスのところから、披露宴会場へと続きます。会場にお集まりのみなさまのお目に映るガーデンこそが、Q.E.D.CLUBの真骨頂。どのようなイメージで、芝生のスペースをデザインなさったのですか?
ブライダルを始めるときに、たまたま通りかかったニューヨークのセントラル・パークで披露宴を目にしたのです。車を停めて、1時間くらい見ていたのですが、ものの見事。公園の一角にコーディネーターがいて、お洒落なレースのテントが設えられていて、ものすごく素敵な光景でした。同時に公園でここまでやるのかと思い、かの地の友人に聞いてみました。そして後になって、富裕層はみなさん公園で披露宴をするのだと教えられて納得。木々に囲まれた芝生の上でどのような演出をして、どのようなサービスをするのか。なんともエレガントで、ブライダルを始める時の一番のヒントとなりました。
――足元から天井まで届く、披露宴会場の大きなガラス窓も斬新だと思います。
窓を開けるという意見もあリました。しかし、外から中を見て綺麗、中から外を見て綺麗、そういう世界観をしっかり作りたいと思いました。
――たしかに、庭園からQ.E.D.CLUBの披露宴会場やラウンジなどの全容がしっかり見渡せますし、ラウンジの美しい天井のアーチも目に入ります。
天井の型を全部作って、樹脂で天井を作り、パーツを持ってきて組み立てました。もともとここは和風建築でしたので、天井が低目でした。でもそこは、あえて下げるところは下げ、上げるところは上げて、視覚的に高い天井に見える技法を使いました。ラリックやティファニーなど年代物の芸術作品を背景とどう融合させるか、そういうことをテーマに作らせてもらいました。
――まるで彫刻のような天井ですね。
もともと私自身、「数字で彫刻を作る建築」をやっておりました。ひとつの形を決めて、その形を組み合わせていくやり方です。例えば、建物すべての曲線の角を3センチの直径にする。Q.E.D.CLUBでは、このような曲線のパターンを6種類にして、その組み合わせだけで形を作リました。そうすることで統一感が出て、頭の中が整理されるのです。逆にそうしないと、パターンが無限大で、一生収まらない。自分の中で規制を作ることによって、ある程度パッケージができるので、そのリズムを使ってやっていく。天井も、この建物もすべて、その手法でやっています。音楽に例えると、同じリズムで作っているので、途中で音痴になっていないのです。
――だからこそQ.E.D.CLUBでのウェディングパーティーは豪華でありながら、一軒家ならではのアットホームな空間になっているのかもしれません。30年以上前に建築されたQ.E.D.CLUBで、今も多くのカップルが永遠の愛を誓っています。どのようなお気持ちですか?
実は息子2人の結婚式も、ここで挙げさせていただいています。ゲスト側として来て、いいところだと思いました。スタッフも素晴らしいし、この空間もちゃんとストーリーに叶っています。息子たちもゲストも、非常に喜んでいるところを見て、とてもうれしく感じました。建築物としてのこだわりはあるものの、やはり最後の目的はエレガントなものを作ることでした。
――時間の経過とともに色褪せるどころか、気品が増す建物ですね。
そうですね、……。久々に、じっくり見させていただきました。2年強かけて企画設計した時の、記憶が蘇りました。プレッシャーが大きい仕事で、毎日、どうしよう、どうしようでしたが、時間と手間をかけることを許された場所だったと、改めて感じます。その一方で、ここは単なる舞台なんだと。ここに演出家がいて、舞台ができあがっていくのがブライダルですものね。みなさんに素敵なブライダルをしていただけて、とてもうれしく思います。
―――私自身、Q.E.D.CLUBで結婚披露宴を行いました。建築とアートが融合したこの空間がいかにして生まれたのか、その物語を知ることができて大変興味深かったです。本日はどうもありがとうございました。
<プロフィール>
小池邦彦
一級建築士 「株式会社コイケデザインマネジメント」代表。
レジデンス、レストラン、ホテルなど数々のデザイン・建築を手掛ける。
インタビュアー 宇田川里
フランス・パリで生まれ、17歳で帰国。
慶應義塾大学卒業後、フジテレビ報道局に約20年間勤務。2児の母。
挙式やプランについて説明会や各種イベントも開催。ブライダルフェアページよりご予約の上、ぜひお気軽にご来館ください。
(ブライダルオフィス)